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ユーリ!!! on ICE 10話(までの)感想

10話というか、10話までの感想まとめ。といっても、この作品に対する本質的なところは、長谷川さより嬢のこのエントリを読んだときに、もう腑に落ちたし、これ以上私が言葉を重ねて言うことでもないのだけど。

mortal-morgue.hatenablog.com

タイトルの「ユーリ」と、二人のユーリ。この作品が始まった時、そこにヴィクトルを加えた3人を軸にして描かれる話だと思っていたし、実際4話まではそんな感じだったとも思う。(もちろん勇利の周囲の人間関係は描かれていたので、振り返るとそうでもなかったな、とは思うけど) けれど、思いのほか、物語は「外へ」と広がっていった。舞台が海外に移ったからとかそういう意味ではなく、今まで伏し目がちだった視線を上に向ければ、勇利を取り巻く世界は広く、鮮やかで、豊かなものだったと気付かされた。

勇利自身の描かれ方も、その進行とシンクロしていたと思う。GPファイナルのボロボロな結果から始まり、失意の底にあった勇利の主観で象られた「勝生勇利」は頼りなく、色あせて見えた。だが5話にて、後輩にあたる若手ホープ・南が登場することによって、私たちは勇利がただの頼りない青年なのではなく、日本を代表する選手であり、目標とされる存在であることを思い知る。その後も彼と接点を持つ登場人物が現れることによって、「勝生勇利」は多角的に照らされ、彼の一人称では知ることのできなかった、彼の存在を浮き彫りにした。

10話はその最たるもので、ヴィクトルのモノローグで綴られる。不真面目な視聴者なので、各話1度きりしか見ていないために見落としている可能性が大なのだけど、どうしてヴィクトルが勇利の前にコーチとして現れたのか。もちろんきっかけはあの動画だったにしても、それだけにしては弱いとずっと思っていた。それがこの10話で、すとんと得心がいった。

まるで神の前で誓う儀式のような、リングの交換が衝撃的だった10話だけれども、もちろんそれだけではない、とんでもない情報量だったと思う。2人の指のリングを見て、冷やかしこそすれ、誰もそれを非難することはなかった。原案者の1人である久保ミツロウ氏は、このようなツイートもしている。

 ユーリ!!!で描かれるのはいろんな「愛」だ。名前のつけられる愛、名前のない愛…当初、勇利とヴィクトルの関係も、名前のつけられない類の「愛」なのかな、と思ったけど、10話を見て「恋愛」という名前を付けてもいい、そう思った。このあたりについてはもう少しゆっくりと考えたい。何にせよ、「愛」の物語なのだろう。そして、この世界では「愛」のために戦うことはない。愛のために傷つくことはあるとしても、愛を貫くために戦いを強いるような世界ではない。(ここで言う「戦い」とは、恋愛におけるライバルとの争い等ではなく、「世間」「世界」との戦いのことです)

美しい風景描写や、現実のツールを描くことによって、丁寧に「私たち」と「作品」の世界観を繋げている中で、最大のフィクションがここにあった。

残り話数も少なくなり、どのようなフィナーレを迎えるのかわからないけれど、きっと多幸感にあふれたものになるんじゃないかなあ、と想像している。