きらきらEvery(仮)

書き留めたいことを書く

スマホが挙動不審で大変だった覚書

何もしてないのに壊れたんです!本当なんです、信じて!

 

という前置きはさておき、購入して2年経たないスマホ(HTV32)が本日、とうとう死んではないけどポンコツになってしまったので、これと言った解決方法が見つかったわけではないけど覚書。

まず最初に要件を書くけど各種アプリ(ゲームやLINE)の引き継ぎコードは絶対出しておこう。もうこれが言いたい。私はこれだけが言いたい。

 

今のスマホに機種変したのは2016年6月初旬だったのですが、その直後からDLして始め、未だにズブズブずっぷりどっぷりはまってる某アイドリッシュセブンというゲームがありまして、この1年半弱でわりと大層な額を課金しているわけです。そのデータが引き継げないと本気でヘコむハメになったと思うので…引き継ぎ方法が変更になったので2017年3月なのですが、その直後に引き継ぎコードを出して、スクショしたものをパソコンに保存しておいて本当に良かった。よくやった私。みんなも無課金で頑張ったゲームも引き継げないと破壊力有ると思うけど、お金も時間もつぎ込んだゲームが復旧できないと、本当に死ぬほど辛いと思うので、せめて課金したゲームだけは引き継ぎコードの管理をしっかりして欲しい。老婆心ながらそう思う。

心配だったのは、引き継ぎコード使った時に、そのコードを出したときの状態に巻き戻っちゃうんじゃないか?ということなんですが、結論からいうと前回プレイを終えた状態から引き継げました。なんならスタミナもちゃんと時間経過分回復していた。まあ考えてみたら当然なんですが、ググってるときに「ランクなどはコード出した時の状態になりますが」という書き込みを見つけてしまって、ハハハそんなこと有るわけない…あるわけないよね…?と疑心暗鬼になってしまいました。とんだデマを書き込むんじゃないよバカ! 

ついでにあんスタ(こっちもアイナナに沼る前はそこそこ課金していたし、今も推しのガチャ実装されたら課金している)も、上述の機種変のときに出したコードできちんと引き継げました。ありがとうバンナム。ありがとうハピエレ。

LINEは引き継ぎコードじゃないけど、電話番号を登録しておけば、電話番号の変更がない限り引き継げるようです。トークとかは消えるけど、これは通常の引き継ぎのときもたしかそうだったと思う。このLINEも、前回のスマホの機種変のときにスタンプとか消えてしまって痛い目を見たので、今のスマホに買えた時にしぶしぶ電話番号登録したんですよね。LINE社にあんまり情報を渡したくないんですけど、背に腹は変えられなかった。こういうのが後々のディストピア形成につながっていくんだろうな~こわいな~。

 

本当、原因はわからないんですが、1ヶ月前くらいから予兆はありました。何も触ってない時、またはブラウジングしてる時などにかかわらず、1日1回くらい勝手に再起動かかってたり、Wi-Fiをキャッチしずらくなったり。そして今日はまた再起動したんですが、長めの再起動がかかっておかしいなあと思っていたら、初期設定画面のようなものまで出て、だけど壁紙等は自分で設定した通りだったので初期化ではない。おかしいなあと思いながらアプリを立ち上げてみようとすると「○○が繰り返し停止しています」という表示。立ち上げようとしてないアプリまで勝手にそんなメッセージがでる。

ネットで検索かけたけど該当の症状なし。アプリの不調じゃねーんだよ、それくらいわかるんだよド素人じゃね~んだよこっちも!と、心に余裕が無いので汚い言葉を吐きつつ、キャッシュのクリアをしてみたり、怪しげなアプリを停止してみたりしたけど全くの徒労でした! 結局はアプリをアンインストール→再インストールしないといけない、というとこまでたどり着いたんですが。もう面倒だからすぐ使うアプリだけ再インストールして、明日機種変の手続きしてきます。2ヶ月前くらいからHTC U11欲しかったんだよ!

あとあがいてる時にいろいろ触っちゃったのが悪かったのかもしれませんが、電話帳のデータもぶっとんでました。幸い、1つ前の端末に残ってたので復旧できそうですが、各電話会社であるクラウド保存サービスも使用しておくべきですね。こちらもあんまり情報渡すの嫌だったので使用してなかったんですが…

そして只今、絶賛困っているのが「USB接続したスマホがPCに認識されない」問題です。なんでだよ! こちらもいろいろ調べて対処してみたけどダメっぽい。もう何から何までポンコツになっちゃったなこの子。まあUSB転送よりは手間だけど、ネットには繋がるからどうにかデータも移動できるだろうし、おいおいやっていきますわ…。

もう本当に疲れた。

でもアイドリッシュセブンのデータ復旧できてよかった~~~~!!!あとは実装されたガチャで和泉一織くんのカードが出てくれ~~~頼む~~~~~~!!!!!

 

---------------------------------

2017.10.23追記

HTV33(HTL U11)に機種変しました!容量も32G→64Gに増えてやったぜ! 事前登録してたのに非対応だったからできなかったMマスくんもさっくりインストール! よしこの調子でアイドリッシュセブンも…と思ったら、なんとアイドリッシュセブンくん非対応でした。おいおい、本当勘弁してくれ頼む…頼むよ…ガチャも出なかったし…精神的にボコボコだよ! しかも今回、auくんの「アップグレードプログラム」という制度を利用したので、前スマホは下取りに出さないといけないんですね。前の前のスマホは対応してるのでとりあえずそっちに移したんですが、もう4年位使ってるのでだいぶ心許ない。いつ死んでもおかしくない。

ということで心優しく余裕のあるかたは、どうぞ↓より端末追加希望を送って下さい。私を助けると思って…!頼みます……!

アイドリッシュセブン 対応端末追加要望受付フォーム 

https://support.bandainamco-ol.jp/pip/107016/title/idolish7a/index.html

※追加を希望する機種名に HTV33(HTC U11)とコピペして送信するだけでよいので…!

『ダンケルク』感想

大学時代の後輩に誘われ『ダンケルク』を見てきました。金曜はユナテッドシネマ会員なら1,000円で見られるのでだいぶ悩みましたが、せっかくなのでIMAXにて。

とか言ってますが、私は後輩に誘われるまでこの作品の存在をまったく知らず(のちにTLに流れてきたので、いつかのタイミングで知ることになったとは思うけど)監督の名前を聞いても「名前は聞いたことがあるけど作品はわからん」状態だったことを先に告白しておきます。その後、TLの感想などをみて、多分IMAXで見たほうがいいんだろうなあと思い、おそらく2度目のIMAX体験。ちなみに初めてのIMAXシン・ゴジラだったんだけど後ろの客がず~~~っと貧乏ゆすりしているのに気を取られて、IMAXの迫力を堪能できなかったのが未だに悔しい。

 

※※※以下、そこそこネタバレなのでご注意ください※※※

 

 開始3分くらいの発砲音でめっちゃびっくりして多分少し飛び跳ねた。その後も「音」が本当にすごくて、映像もだけど、とにかく「音」がヤバい。あとBGMがなんか音楽って感じではない。(多分この監督の特徴ですか?私は他作全く見てないのでしらないんですが…)おおよそ旋律というものを感じられない、長いSEという感じだった。あとセリフもほとんどない。そうそう、見る前の懸念として、世界史Aしか専攻してない上に近代史が苦手な私には理解できるだろうか…というのがあったんですが、歴史の知識自体はゼロでも全く問題なかった。とてもシンプルな話だった。多少、地図で舞台となる場所を見ておくとよいのかもしれない。(これも別に知らなくてもそんなに問題はない)

じゃあどんな映画だったのかというと、私にとっては「映像体験」であり「音響体験」だったんだと思う。通常上映だと印象が変わるかもしれないけど(そしておそらく自宅のテレビで見ると、この作品の重要なところはゴッソリ削ぎ落とされてしまうと思う)とにかく臨場感がすごかった。最初の発砲音でビビったのはもちろん、30分後には涙目で「もうお家に帰りたい」と思うほど、本能的な恐怖を感じていた。同行者がおらず、隣の席にも他の観客がいなかったら席を立っていたかもしれない。こんな気持で「早く終わって欲しい」と思った作品は初めてだった。あと普通に集中して見すぎたせいか、ちょっと画面酔いした。

あとすごい船が沈没する。こんなに船が沈没する作品を見たのは初めてだ。主人公(と言っていいのかな?)が乗る船乗る船、は~ようやく船に乗れた~と思ったら沈没する。かわいそう。

かわいそうといえば、民間船に手伝いで乗ってきた青年(学生)がいちばんかわいそう、というか理不尽だと思ったんだけど、その青年が最後にちょっと報われたようなエピソードがあるんですよね。でも結局、理不尽な現実が拭われたわけじゃないんですけど…それが主人公たちの今後と重なるんだろうなあと思いました。

あと、いわゆる「敵」(ここでいうとドイツ軍になるのかな?)の姿がほぼ描写されていないのもあとになって気が付きました。最後にパイロットが投降するシーンでも、間近にドイツ軍(ですよね自信なし)が近づいてくるんですけど、たしかそこもぼかしが入ってて、はっきりとした表情などは見えなかった。だからこそ、本編中でどこから攻撃されるかわからなくてハラハラしたというのもあるかも。残虐なシーンはほぼないので、直接的な表現が苦手な人も大丈夫だと思います。血の描写もほぼなかった。でも、直接的な残虐シーンとは少し違う方向の「怖さ」を感じるとは思う。気になっているのなら、ぜひ映画館で見ることをおすすめします。

2017.7.9 KING OF PRISM-PRIDE the HERO-舞台挨拶@T・ジョイ博多

菱田監督、依田P、西Pが登壇された舞台挨拶に参加してきました。覚書をまとめておきます。10:20の回と12:30の回、ごっちゃになってますが。

 

 

『この世界の片隅に』感想

今さらになってしまったけど、『この世界の片隅に』を見てきました。フューちゃん*1としては、Makuake先輩であるところの片隅先輩は見ねばと思っていたんですよね。ということで本当に今さらですが初見の感想を。いつものごとく大したことは書いていません。ネタバレは少しあります。

 

 前情報で言われていたことですが、本当に情報量が多い。描くところはたっぷりと尺を取って描いていますが、序盤とか「○年○月」という表記にて、どんどん年月が経っていくのがわかる。このあたり、原作の配分はどうなってるんだろう?と思いました。

テレビやwebでの特集では「とにかく当時の再現性が高い」ということが取り上げられていて、例えば冒頭ですずさんがお使い(って言っていいのかな?)で広島の街に行くシーン。お店の前で呼び込みをしている店員さんや、道を行く人など、モデルがあるというほどこだわって描かれた、ということは知っていました。だけどこのシーンでは同時に、すずさんの空想の世界が描かれ、「?」と思ってる間に、これが妹に面白おかしく聞かせた、すずさんの綴った物語だということがわかります。(お使いに行ったことは事実だろうけど、だいぶファンタジーめいて脚色されている)私の中ではこれがだいぶ、魔法のようにかかっていて、それはラストシーンまで効いていました。

この現実と空想を行き交うような描写は度々挿入され、例えばお盆に行った祖母の家で、すずさんだけが見た座敷わらし。この描写だけだと、多感な少女時代にした少し不思議な経験、というだけで済むのですが、物語の中盤頃に「もしかしてこの人は、あの時の座敷わらしだったのでは?」と思うような人物が登場します。けれど、はっきりとした答えは提示されません。あの時の座敷わらしだったのかもしれないし、たまたま似たような境遇の、別人なのかもしれない。そんな境界上のバランスで物語は進むものだから、広島に原爆が落とされた後の公民館(みたいな建物)が映されたときも、私はそれが「空想側」の描写だと思ったんですよね。公民館の壁により掛かる、亡霊みたいな兵隊さんの姿。だって誰も、その兵隊さんのことに気を留める描写がなかったんですもん。だから終盤で、あの兵隊さんが「現実側」の存在で、更には…ということを知った時は、なんとも言えない気持ちになりました。

この「現実」と「空想」関連の描写で、一番衝撃を受けたのは、こちらも終盤に描かれる、母と子のシーン。映像がショッキングなのを差し引いても、いきなりの場面転換に加え、これまでに境界の表現を繰り返えされていたため、もしかしたら呉に留まったすずさんは「空想」で、広島に戻ってしまい、そこで被爆したこの女性こそが、「現実」のすずさんなんだろうか…と思い、とてもドキドキしました。今思えば、その女性の顔がすずさんっぽかったかどうかも思い出せないのですが(はっきりと顔、描かれていたかなあ)ああいう描き方をしたのには、なんらかの意味があるような気がしています。まだわからないけど。

 

他に印象に残ったことと言えば、思ったよりもずっと、恋愛描写が多いな?!ということでした。ともすればキャラクター的・記号的になりそうな「すずさん」という一人の女性に、熱や、血や、肉体があるんだなあということを、恋愛という軸からも感じました。納屋のシーンはドキドキしたよ。

 

この作品を「面白い」っていうのはちょっと違う気がするし(コミカルなシーンはたくさんあって、そういう意味では「面白い」)、「見るべき」っていうのも押し付けがましい気がするし、結局は「『この世界の片隅に』はいいぞ」って言うしかない…。「○○はいいぞ」ってワード、押し付けがましくもなく、愛情と自己完結感にあふれていて、使いやすくてとっても良いなあ。

*1:少年ハリウッドファンのこと

名も無き一人のファンでありたい私たち と ドリフェス!

昨日の私と友人Sちゃんの会話。

私「そういえばこの前のAbemaTVであった、どりへす一挙放送見てくれた?」

S「見た!おもしろかった」

私「アプリも無料で出来るからやってくれよ」

S「アプリは怖いからな…*1でもやってみようかな。ところでゲームの中のプレーヤーってどういう立ち位置なん?」

私「ただのファン」

S「えっ、プロデューサーとか、マネージャーとかじゃなく…?」

私「そう、どりへすのライブでみんながカード飛ばしてるやん?あれが私達」

S「ええっ…最高やん…

 

私たちはちょっと拗らせているので、もう「アイドル」と「自分」を同等の存在として認識出来ないし、認識されたくないのだ。彼らのステージを照らすサイリウムの1本になりたいのだ。私はモブおじさんを飼っているので、たまにモブおじさんとしてアイドルと接したいなあという妄想をすることもあるけど、Sちゃんは完全にジャパニーズ・ニンジャだ。絶対に認識されたくないらしい。Sちゃんの話はすごく面白いので、今度別にまとめてみたい(了承いただけたら)。

そんなこんなで、ただのファンとしてアイドルを純粋に応援できる喜びを噛み締めながら、ドリフェス!を応援したいと思います。 まだ中の人については全然しらないので、そのうち知っていきたい。あと筐体も遊びたい。

2.5次元アイドル応援プロジェクト『ドリフェス!』ミニアルバム「Welcome To D-Four Production」

2.5次元アイドル応援プロジェクト『ドリフェス!』ミニアルバム「Welcome To D-Four Production」

 

 

ただのファンである、といえば、少年ハリウッド26話。それまでメンバーの成長や葛藤の軌跡を「活動記録」として見てきた私はすっかり保護者気分でいたのですが、それが「少年ハリウッドというアイドル」と「一介のファンであるわたし」に分断されたのが、あの26話だったのです。キラの紹介でキラキラのエフェクトはなく、多分心の中で、恒例のポエムを披露しているはずのカケルくんの声も聞こえず、ただ、アイドルとファンがそこにいた。アイドルアニメで、こんなに幸せなことがありますか?!  アイドルと恋愛したいわけでも、一緒に高みを目指したいわけでもなく、ただ好きな人を応援できる喜びをくれるアイドル作品にありがとう! クラウドファンディングもありがとう! ことしのクリスマスも彼らと過ごせるありがとう~~~!!


#26「HOLLY STAGE FOR YOU」ダイジェスト

*1:Sちゃんは、というかSちゃん「も」アイドリッシュセブンというアプリゲームにハマって絶賛課金中

ユーリ!!! on ICE 10話(までの)感想

10話というか、10話までの感想まとめ。といっても、この作品に対する本質的なところは、長谷川さより嬢のこのエントリを読んだときに、もう腑に落ちたし、これ以上私が言葉を重ねて言うことでもないのだけど。

mortal-morgue.hatenablog.com

タイトルの「ユーリ」と、二人のユーリ。この作品が始まった時、そこにヴィクトルを加えた3人を軸にして描かれる話だと思っていたし、実際4話まではそんな感じだったとも思う。(もちろん勇利の周囲の人間関係は描かれていたので、振り返るとそうでもなかったな、とは思うけど) けれど、思いのほか、物語は「外へ」と広がっていった。舞台が海外に移ったからとかそういう意味ではなく、今まで伏し目がちだった視線を上に向ければ、勇利を取り巻く世界は広く、鮮やかで、豊かなものだったと気付かされた。

勇利自身の描かれ方も、その進行とシンクロしていたと思う。GPファイナルのボロボロな結果から始まり、失意の底にあった勇利の主観で象られた「勝生勇利」は頼りなく、色あせて見えた。だが5話にて、後輩にあたる若手ホープ・南が登場することによって、私たちは勇利がただの頼りない青年なのではなく、日本を代表する選手であり、目標とされる存在であることを思い知る。その後も彼と接点を持つ登場人物が現れることによって、「勝生勇利」は多角的に照らされ、彼の一人称では知ることのできなかった、彼の存在を浮き彫りにした。

10話はその最たるもので、ヴィクトルのモノローグで綴られる。不真面目な視聴者なので、各話1度きりしか見ていないために見落としている可能性が大なのだけど、どうしてヴィクトルが勇利の前にコーチとして現れたのか。もちろんきっかけはあの動画だったにしても、それだけにしては弱いとずっと思っていた。それがこの10話で、すとんと得心がいった。

まるで神の前で誓う儀式のような、リングの交換が衝撃的だった10話だけれども、もちろんそれだけではない、とんでもない情報量だったと思う。2人の指のリングを見て、冷やかしこそすれ、誰もそれを非難することはなかった。原案者の1人である久保ミツロウ氏は、このようなツイートもしている。

 ユーリ!!!で描かれるのはいろんな「愛」だ。名前のつけられる愛、名前のない愛…当初、勇利とヴィクトルの関係も、名前のつけられない類の「愛」なのかな、と思ったけど、10話を見て「恋愛」という名前を付けてもいい、そう思った。このあたりについてはもう少しゆっくりと考えたい。何にせよ、「愛」の物語なのだろう。そして、この世界では「愛」のために戦うことはない。愛のために傷つくことはあるとしても、愛を貫くために戦いを強いるような世界ではない。(ここで言う「戦い」とは、恋愛におけるライバルとの争い等ではなく、「世間」「世界」との戦いのことです)

美しい風景描写や、現実のツールを描くことによって、丁寧に「私たち」と「作品」の世界観を繋げている中で、最大のフィクションがここにあった。

残り話数も少なくなり、どのようなフィナーレを迎えるのかわからないけれど、きっと多幸感にあふれたものになるんじゃないかなあ、と想像している。